一つのピースを見付けてはめ込んだことで、バラバラだった総てのピースが繋ぎ合わさったような感覚。
唐突に、頭の中が整理された。
これまでに得た情報の総てが、直桜に一つの可能性を示唆する。
「確か、半年前の集会の時って、他部署が出払っていたせいで護たちも呼ばれたんだよね?」
「ええ、大規模な集会が関東各地でいくつも行われていて、人手が足りずに」
「何ヶ所くらい? いや、そうじゃないな……。13課全員が出払った?」
「そう、ですね。ほぼ総動員で、残っていたのは班長と副班長くらいだったと思いますが」
直桜の表情を眺める護のが、戸惑いがちに答えた。
(場所は、どこでも良かったんだ。護と未玖がどこに来ても良いように、総ての場所で同じ実験を準備していた。集会の数は護と未玖を確実に動かすための、ブラフ)
十年前の集会で生き残った少年に、仮に呪術が残っていたとして。
13課の人間に保護され成長しながら、呪術が彼の中で育っていった。
初めからの計画であったとしても、偶然に生存を知ったのだとしても。
半年前に行われた実験は、未玖を完成させるためのものだったのではないのか?
(血魔術を解くのなんか、簡単だ。浄化をしながら未玖が血に触れるように仕向ければいい。未玖が|血《穢れ》を浴びれば、呪詛は完成だったんだ)
反魂儀呪の目的は、人の霊を使った呪詛を作ることに留まらなかった。
更にその先、作った呪詛を鬼の体に宿すこと。
それこそが、実験の本当の目的だったのではないのか。
「未玖は穢れに弱い体質だったわけじゃない。穢れを引き寄せ吸い込む呪術に犯されていたんだ。取り込んだ邪魅がキャパオーバーだったんだよ」
護の、鬼の血が呪詛を完成させる最後の
警察庁からの呼び出しは、八張槐の一件の翌日には通知が来ていた。三日の後の八月十三日、何も盆の入りに呼び出すこともないだろうと、呆れる。(まぁ、季節の行事なんか考えていられる場合でもないのかな) キャリーケースは呪法担当部署が解析と解呪のために押収したと聞いていたが、一向に開く気配がないらしい。 今回、直桜は解析要員として呼ばれたわけだが、帰り際に桜谷陽人の執務室に寄るように言付けられている。どちらかというと、陽人がメインなんだろうと思った。「13課って、盆休みとかないの?」 護が運転する車の中で、ぼやく。「基本、ありませんね。盆の頃は霊や怨霊の動きが活発化して、それに伴い、妖怪も動きが派手になりますから、どちらかというと普段より忙しいでしょうか」 きっぱり答えられて、納得しかない。 溜息交じりに下げた視線の先に、何かのカードが見えた。 ダッシュボードの上に載っていたのは、護の運転免許証だ。「桜谷さんに会うのは、気が進みませんか?」「まぁねぇ。槐と同じくらい、苦手なんだよね。あの二人、似てるから」 免許証を手に取り、ぼんやり眺めながら答える。「似ていますか? あまり感じませんが」 仕事柄、護は陽人に会ったことがあるのだろう。副長官然とした桜谷陽人は恐らく、人受けの良い良識人なのだろうが。「槐と陽人は歳が近くて幼馴染で、集落でもよく比べられてたってのも、あんだけど。なんつーか、俺に対する態度……執着が、似てるというか」 執着からくる鬱陶しさが似ている。 この感覚は直桜でないと理解できないのかもしれない。
部屋の扉を開けると、護が自分の部屋に戻ろうとしている所だった。 直桜の姿を見付けた護が、開きかけた扉を閉じた。「すみません、起こしてしまいましたか?」「いや、寝てなかったよ。……清人は、帰ったの?」 事務所の電気が消えているように見える。「ええ、本部に戻らなければならないからと。直桜を心配していましたよ」「そっか」 よく考えたら、清人と真面に言葉を交わさず帰してしまったかもしれない。(俺、相当メンタルボロボロになって帰ってきたんだな) 改めて、自分が酷い状態だったと自覚した。「あの、直桜の部屋に行ってもいいですか?」「え? うん。別にいいけど」 心なしか、護の表情が暗いし、引き攣って見える。 部屋に入ると、護に腕を引かれて、抱き締められた。「護? どうした……」「直桜にだけは、知られたくありませんでした。あの男とのこと」 心臓の鼓動がゆっくりと速くなっていく。 直桜を抱く護の指先が、小さく震えているのが分かった。(もしかしたら俺以上に護の方が、打撃が大きいのかもしれない) 直日神と話したお陰で、帰宅直後よりは気持ちが落ち着いた。何より、直日神が護の名前を憶えていた事実の方が、直桜にとっては驚きだったし大事だった。(護が詰まらない過去と言い切った槐との関係なんか、小さく感じる。けどやっぱり護にとっては、違うんだ) 槐の前で平気そうに振舞っていたのは、直桜の動揺を煽らないためだった。そう考えた
八張槐が姿を消してすぐに、清人が率いる13課が現場に到着した。現場保存をしてキャリーケースを押収していった。 直桜の様子がおかしいことに気が付いた清人が車を運転してくれて、隣にずっと護がいてくれたことは、覚えている。マンションに着いてからは護に部屋に戻された。清人と護は事務所で何か話し込んでいるようだった。 真っ暗な部屋で天井を見詰めながら、直桜は歯を食い縛った。『お前は結局、集落に過保護に愛情を注がれた特別な生神様だよ。俺には永遠に勝てない、あの頃のままだ』 槐の言葉が頭の中で延々繰り返される。(悔しい……。悔しくて、悔しくて、頭バグりそうだ) 伸びてきた槐の手から逃げるように引いてしまった体も、神殺しの鬼の話を振られて完全に怯えた心も。 何より直桜の心にこびり付いて離れないのは。『初めての相手にそんなこと言うの? つれないなぁ』『体の相性は良かったのに? いつも悦さそうにしてたじゃないか』 直桜に聞かせるためにわざと盛って話していることくらい、わかっている。それでも、槐が護の最初の相手だった事実は、きっと変わりがない。(全部、俺の気持ちを搔き乱すためだ。俺がどんな顔をするのか、楽しんでいるだけだ) わかっているのに、槐の期待通りの反応をしてしまった自分自身に腹が立って仕方がない。(護は全然気にしてない感じだったじゃないか。俺が気にしてどうすんだよ。それよりもっと、考えなきゃならないことが、あるだろ) 神殺しの鬼について、直桜には最低限の知識しかない。護も槐も、もっと突っ込んだ意味を知っている様子だった。(俺が一番知らなきゃいけないのは、それだろう。ちゃんと、聞か
「やぁ、招待状を貰ったから、来てみたよ。久しぶりだね、槐」 穏やかな声音とは真逆に気を尖らせた直桜に、護が息を飲んだ。「ああ、久しぶり。十年振りくらいかな。随分と背が伸びたな。俺が集落を出る前はまだ小さな子供だったのに。時の流れを感じるよ」 槐が不自然なまでに穏やかに笑む。「そっちは随分、ガタイが良くなったね。集落にいた頃は、ヒョロ長の優男だったのに。反社のリーダーって筋肉必要なんだね」「元々リーダーだった母親が死んだからね。引継ぎやら儀式やらで体力がいるんだ。気が付いたらガチムチになっててさ。男前になっただろ?」 まるで正月に久々に会った親戚のような会話に、うんざりする。(槐の母親、死んだのか。俺を異端と罵った、集落の術法を盗んで逃げた女。外で再婚したって聞いてたけど、やっぱり反魂儀呪に残ってたんだな) 槐が集落を出るより早く、槐の母親は集落を裏切った。そのせいで八張家の肩身が狭くなり、槐への長たちの当たりがきつくなったのは事実だった。「前の方が良かったよ。あんまりガチムチだと気持ち悪い」 直桜の返事に、槐は吹き出した。「そっか、直桜の好みは優男の方か。だから、化野護を好きになった? けど彼も鬼化したらガチムチだろ?」 直桜の隣にいる護が反応して前に出ようとするのを、止める。「どうやら俺、見た目で人を好きになるタイプじゃないらしい。それに、好きになったら一途っぽいから、護はあげないよ」 護の前に出る。 槐の目が、笑んだまま暗く座った。「狡いなぁ。俺の方が先に目を付けていたのに。13課に奪われて直桜にまで持っていかれちゃった
八王子の現場は前の二か所とは明らかに様相が違っていた。 民家やアパートの廃墟を使って儀式を行う反魂儀呪にしては珍しく屋外だ。しかも今までの儀式跡より規模が大きい。 何より最も異なるのは、視認できるほどの結界が敷かれていたことだった。「一応確認だけど、あの結界の壁は13課が現場保管のために敷いているものじゃないんだよね?」「違います。直桜なら視認しただけで、わかりますよね。私が気付くくらいです」 護が驚きを通り越して呆れた声を出す。「まぁ、そうなんだけどね」 げんなりした声が自然と漏れた。 つまりこの場所だけ、他とは違う呪術が行使されていたということだ。(この流れでいけば、神を繋ぐ鎖の儀式。神置か神封じのどちらかだ) 桜谷の集落でも、時々行われていた儀式だ。惟神に相応しい人間が現れなかった時のために、その場所に神に留まってもらうための場所を作るのが神置だ。 神封じなら文字通り、人間以外の入れ物か場所に封印する。 どちらであったとしてもあまり良い想像は出来ない。「念のため、清人に連絡入れてくれない? この場所に枉津日神がいる可能性が高いから」 直桜の言葉に護が表情を強張らせた。「もしいたら持ち帰るね、って伝えて」「そんな、荷物か何かみたいに……」 スマホでメッセージを打ちながら、護が呆れる。「俺的にもかなりの大荷物だけどね。さすがに一人の|人間《器》に二柱の神は降ろせないからさ」 メッセージを送信し終えた護が、表情を変えた。「現場保管用の結界も解かれています。13
次に向かった茨城県猿島の現場でも、同じ呪符が見つかった。 陽はすでに傾きかけていた。栃木から茨城を経て八王子への車移動は流石に時間が掛かる。 その間も直桜はずっと考えを巡らしていた。 何も聞かずにいた護が重い口を開いたのは、八王子の現場に着く直前だった。「今日一日、何を考えていましたか?」「何って、あの呪符のこととか、神降術のこととかだよ。枉津日神を降ろしてどうするつもりなのか、とか」 反魂香と神蝋があれば、神は降ろせる。だが、器をどうするつもりなのか。御霊と違って神は、どんな人間にも憑依するものではない。 降りる先は、神が決めるのだ。(そんな特別な|人間《器》を用意できるとは思えない。少なくとも一朝一夕には無理だ。だとしたら、繋ぎとめる鎖が必要になる) 鎖もまた儀式だ。だとすれば、近いうちに反魂儀呪がまた集会を行うはずだ。「本当に、そうですか?」 護の言葉に、直桜は思考を止めた。「八張槐のことを考えていたのではないですか?」 確かに、考えていた。 これだけの儀式を執り行えるのは槐しかいない。あの男が何を企み、何を成したいのか。枉津日神を降ろしてやろうとしていることは何なのか。考えないはずはない。 だがきっと、護が言いたいことは、そうじゃない。「直桜が初めてバイトの面接に来た時、どんな顔をしていたか、自分でわかっていましたか? 私はよく覚えていますよ」 護が、ちらりと直桜の顔を窺った。「今のような顔をしていました。眉間に皺を寄せて、苛々している様子を隠そうともしないで。不本意に怪異に関わる時、君はきっと、そういう顔をする。そう思っていました」